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「平常心」
- 2012/05/29(Tue) -
2012年05月28日 | Weblog「中国鍼灸院」さんにて。今日の呉先生の漢詩はこれ。今回は漢字のパズルでもある。

「平和」

呉炳宇
 
七情未発心平、(七情未だ発せざるは心平らなり)
発而有節気和。(発して節有れば気は和なり)
和処事能適度、(和は適度に事を処する)
平可保平常心。(平は心平常に保つこと可なり))
 
(以下、えしぇ蔵的博多弁訳)
 
感情的になっとらん時は心は穏やかたい
感情的になっても節度があれば問題なか
和があればなんでんうまくいくたい
いつも穏やかにしときゃ平常心ば保てるたい
 
今回の漢詩は驚くなかれ、読む方向を変えても意味をなしている。つまり、「七発和平 情而処可 ・・・」というふうにそれも詩になっている。これは面白いと思った。さすが呉先生だ。
 
今日は先生にいいことを習った。
「感情的になった時、つまり怒った時、悲しい時、そういう時には何もしてはいけない。じっとしていないといけない。そういう時に行動すると必ずやりすぎて失敗する。気持ちが落ち着いてから、もう一度考え直してから行動すれば大丈夫」
本当にいつも人生勉強させて貰ってる。
 
「平常心」
 
事なきも ありても心 平らなれ
 
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眼圧14と16で安定してました。
- 2012/05/15(Tue) -
おはようございます。きのうは、おかげさまで、眼圧14と16で安定してました。ありがとうございました。
来月は視野測定です。この目がいつまで見えるか解りませんが、今出来ることあせらずがんばります。

門脇 恵子
2012年5月15日
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「道」
- 2012/05/15(Tue) -
中国鍼灸院」さんにて。今日の呉先生の漢詩はこれ。この詩は下の会話を読めば意味がわかる。

「遇仙」

呉炳宇

深山採草遇二仙、(深山に草を採りて二仙に遇う)
雪化人間三百年。(雪とけて人間三百年)
子孫繁栄何懸念、(子孫繁栄し何の懸念や)
仙飛山在雲連天。(仙飛び山在りて雲天に連なる)
 
(以下、えしぇ蔵的博多弁訳)

山奥で薬草とりよったら二人の仙人に会うたばい
雪がとけたら三百年たっとったばい
子孫は繁栄してなーんも心配なかばってん
もう山行ってん仙人はおらんでくさ、雲がつらなっとるばっかしたい



呉先生: 「漢の時代にこんな話があるヨ。ある兄弟が二人で山奥に薬草とりに行ったヨ。あんまり奥まで行ったから道に迷ったヨ。すると川で洗濯している二人の姉妹がいたから道を訊いたヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「教えてもいいけど、もう遅いからうちに泊まって明日の朝帰りなさいと言われて、そうすることにしたヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「その姉妹は大きな家に二人だけで住んでたヨ。この近辺には誰も住んでないから自分たちと結婚してくれと言われたヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「兄弟は結婚してもいいと思ったけど、やっぱり帰りたいと言ったヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「そして夜が明けたら大雪が降ってて帰れなくなったヨ。兄弟は雪はいつとけるかと訊いたら春までとけないと言われたヨ」
ワシ: 「あはははは!」
呉先生: 「それで春になるのを待って帰ったヨ。帰る時、目を閉じてたら家に帰れると言われてその通りにしたヨ。二人は目を開けなかったからわからなかったけど、空を飛んで帰ったヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「兄弟が家に帰ったら知らない子どもが遊んでたヨ。そして100歳のじいさんが出てきてお前たちは誰だ?と訊いたヨ。兄弟がここは自分たちの家だと言っても信じてもらえなかったヨ。そこで兄弟が名前を言うと、じいさんは聞き覚えがあったので家系図を見てみたヨ。そうすると300年前に兄弟の名前が載ってたヨ」
ワシ: 「へー!」
呉先生: 「じいさんの話ではこの兄弟は300年前に山に入ったまま大雪で帰らなかったということだったヨ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「あの姉妹は仙人だったヨ。仙人の世界では半年でも人間の世界では300年だったヨ」
ワシ: 「なるほど」
呉先生: 「兄弟は山に戻ることにしたけど、もうあの姉妹はいなかったヨ」


こういう浦島太郎的物語というのは世界中にある。ヨーロッパの小説でも読んだことがある。昔から時空を越えるというのは大いなる浪漫だったということだろうな。
 
今日は呉先生から面白いことを習った。老子の教えと孔子の教えの違いは何か?ということ。



呉先生: 「例えば家に泥棒が入るとするネ」
ワシ: 「はい」
呉先生: 「孔子の教えでは次から泥棒入らないように鍵をかけたり、泥棒しないように人を教育すればいいというふうに考えるヨ」
ワシ: 「なるほど」
呉先生: 「でも老子の教えはそうではない。みんなが何も所有しなければ、盗るものがないから泥棒はいなくなるというふうに考えるヨ」
ワシ: 「なるほどなるほど!」
呉先生: 「つまり、孔子の教えは人間の現実の生活に基づいているヨ。そして老子の教えは人間よりももう一つ上の段階で考えてるヨ」
ワシ: 「おー!勉強になりました!」


「道」
 
生きる道 教えは既に 数千年
いづれ悟れる 人もあるかは
 

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「薬」
- 2012/05/08(Tue) -
「中国鍼灸院」さんにて。今日の呉先生の漢詩はこれ。

「達人」

呉炳宇

人生八九難如意、(人生八九意の如くならず)
但有一二少順心。(心に順なるはただ一二ありて少なし)
八九煩悩久必病、(八九煩悩久しければ必ず病となり)
一二希望出達人。(一二の希望は達人を出す)
 
(以下、えしぇ蔵的博多弁訳)

人生はほとんど思うようにはならんと
思うようになるとは一か二しかなかと
うまくいかんとば悩みよったら病気になるばい
ちょっとでも希望を持っとったらいい人になれるばい




ワシ: 「連休は山に登りました」
呉先生: 「山に登るのはいいネ」
ワシ: 「先生も登ります?」
呉先生: 「昔、薬草とりによく登ったヨ」
ワシ: 「あぁ、なるほど。薬草をね」
呉先生: 「そう」
ワシ: 「薬草を見分けるのって難しいんでしょ?」
呉先生: 「コツをつかめば覚えられるヨ」
ワシ: 「そうなんですか?」
呉先生: 「葉がどういうふうについてるか?花はどこに咲くか?花びらは何枚か?根の形はどうか?匂いはどうか?そういうところで大きく分類できるヨ」
ワシ: 「なるほど。じゃあどういう効能があるかはどうやって調べるんですか?」
呉先生: 「まずそのままかじった時の味はどうか?甘いか?辛いか?苦いか?それから煎じた時に上に浮くか?下に沈むか?そして煎じたのを飲んだ時に汗が出るか?出ないか?そういうところで判断するネ」
ワシ: 「へー!」
呉先生: 「だいたい甘いものは栄養をつけるヨ。苦いものは虫も食べないからつまりこれは殺菌作用があるヨ」
ワシ: 「なるほど」
呉先生: 「でも薬草じゃなくても、普段食べてるものでも自然からとれたものは何でも薬ヨ」
ワシ: 「そうですね。先生は食べないようにしてるものとかありますか?」
呉先生: 「何でも食べるヨ」
ワシ: 「やっぱりそうですか」
呉先生: 「嫌いな食べ物がある人は、やはりその食べ物からとれるものが不足しているヨ。でも無理に食べるのもよくないネ。だからちょっとだけ食べさせるヨ。そうすれば身体が反応して不足しているものが何かわかるヨ」
ワシ: 「なるほど」
呉先生: 「これは仲が悪い人の話を聞くのと同じ。仲が悪い人は自分の欠点を教えてくれるネ。耳が痛いけどそれを聞けば参考になるネ。仲がいい人はわざわざ欠点を言ったりはしないネ。それと同じ」
ワシ: 「なるほどなるほど!」


「薬」
 
そりあわぬ 食も言葉も 薬なり
 

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