FC2ブログ
「有余」
- 2009/07/14(Tue) -
「中国鍼灸院」さんで呉先生に身体も心も鍼で癒してもらった。
今日の詩はこれ。 
 
「有余」
 
呉 炳宇

心有余兮宰相良、(心余りて宰相良し)
力有余兮武士強、(力余りて武士強し)
食有余兮民安楽、(食余りて民安楽)
刃有余兮事吉祥。(刃余りて事吉祥)
 
(えしぇ蔵訳)
 
心に余裕がある政治家は良い、
力に余裕がある武士は強い、
食に余裕あれば人々は安楽、
刃に余裕あればいい事がある。
 
最後の一行がなぜ刃かというと、中国の「荘子・養生主」にある逸話の「遊刃有余」からきている。牛を捌く名人が牛刀をすいすいと牛の骨関節の間を泳がせる様子を表現している。つまりは非常に高度な技術を持っているという意味。
 
呉先生: 「今日はえしぇ蔵の話を聞きましょう。どう?何か悩みある?」
ワシ: 「ありますねぇ。先生は自分がしたことに後悔することありますよね?」」
呉先生: 「誰でもあるヨ」
ワシ: 「自分がしたことで人に迷惑をかけて、そのことで自分が許せない時どうしたらいいですか?」
呉先生: 「自分を責めてはいけない。その失敗があるからえしぇ蔵が成長できるネ。人間壁にぶつかって壁があることを知るネ。溝に落ちて溝があることを知るネ。次から気をつければいいじゃない。どんなすごい人も過去は変えられないけど、未来はいくらでも変えれるヨ」
ワシ: 「はい・・・・・・」
呉先生: 「問題を抱えてない人はいないヨ。人間は死ぬまで何かの問題の答えを探しているヨ。それが人生ネ。わかる?」
ワシ: 「はぁ・・・・・・」
呉先生: 「えしぇ蔵が抱えた問題は全て小説の材料になるヨ」
ワシ: 「なりますね。確かに」
呉先生: 「人間は転んで怪我して学ぶヨ。次に転ばなければいいじゃない」
ワシ: 「はい」

呉先生と話してるとふっと気持ちが楽になる。あぁ願わくば先生みたいに泰然自若の境地に達してみたいもんだな。揺れまくりやないか。情けない。
 
最近は家のメンテナンスの件からずっと「システムハウス」さんにお世話になりっぱなし。以前問題になったよう壁の補強も合わせてお願いすることになった。それにしても社長の仕事の手際よさは実に見事だ。大いに勉強させてもらった。
 
「迷うこと」
 
迷うこと それそのものが 生きること
 
この記事のURL | 健康法 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<突発性難聴は治りました。 | メイン | 座骨神経痛>>
コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://eggsennin.blog87.fc2.com/tb.php/108-cd2aae73
| メイン |